あの後、藤村組の前でイリヤと別れて俺は今、学校前の坂を歩いている。
…どうでもいいが、『イリヤお嬢、おかえりなすって!』…と組の皆さんが玄関で迎えていたのは少しひいた。

 
(
だけどイリヤに『お兄ちゃん』なんて呼ばれるとはな…)
 
そりゃ以前何度か呼ばれてはいたけど…あの時は殺伐としていたし、さっきみたいに嬉しそうに言われるのは初めてだ。
なんだか首の後ろがムズムズする気がする。
 
「…にしてもあれはくっつきすぎだろ」
 
しかし、未だに女の子に慣れない身としては、あまりベタベタくっつかれるのは…その…当たったりするわけで、いくらイリヤでも精神衛生上宜しくない。

…いや、むしろイリヤみたいだからこそ…否、断じて否、俺はそんな男じゃないはずだ衛宮士郎。
 
「何がくっついたり当たったりしているのかな?衛宮君」
 
「ばかっ、そんなの言えるわけっ…て…うわぁ!?と、遠坂!

「おはよう衛宮君。でも、朝の挨拶が『うわぁ』なんて失礼じゃない?それに一人でブツブツ呟いて、危ないお兄さんに間違えられるわよ」

 

 

序章:U/決意

 

 

 

(…でたな赤いあくまめ…くそっ、喋っていたとは油断した)
 
焦る俺とは対照的に、遠坂はまるで良い獲物を見つけたような、加虐心に満ちた目でこちらを見ている。
 
「ぐっ…悪かった、おはよう遠坂。でも、危ないお兄さんは傷付くぞ」
 
「だってそう見えるもの。まったく、士郎って考えている事を直ぐに口に出しちゃうんだから。何か良い事があったのかもしれないけど、あまり浮れていると簡単に足下をすくわれるからね」
 
(
とか言って一番足下をすくうタイミングを狙っているのは誰だよ…)
 
心の中で反論するが、こんなこと口に出して言えるもんじゃない。
こと、口喧嘩に関しては遠坂に勝てるはずないのだ。
 
「悪かった、気をつけるようにするよ。…そうだ、今日うちで昼飯食わないか?イリヤがスパゲッティが食べたいって言うから、帰りにアサリを買ってきてボンゴレにでもするつもりだけど」
 
「うん、じゃあお邪魔するわ。買い物だったら私も付き合いましょうか?」
 
「いいのか?」
 
「いつも士郎に任せてばかりじゃ悪いでしょ。ホームルームが終わったら下駄箱の所で待ってるから」
 
「あぁ、了解」
 
 
 
……話しながら歩いていたので既に正門前までやって来ていた。周りにも登校してきた生徒が沢山いる。
 
(
おっ、あれは…)
 
「よっ、一成。朝から生徒会の仕事ご苦労さん」
 
遅刻チェックのために、一成と数人の生徒会役員が正門前に立っていた。
 
「おはよう衛宮。…お前も朝からご苦労な事だな」
 
少々呆れ顔で一成が言ってくる。
 
「ん?なんでさ?」
 
「えぇ、それはどういう意味かしら柳洞君?」
 
遠坂も嫌な目付きで一成に尋ねている。
 
「まったく、衛宮はよく朝からこの女の相手ができるな。しかも、ここ最近毎日のように共に登校しているではないか…はっ、さては何か弱みでも握られているのか?そうなのだな衛宮!」
 
一成がなぜか切羽詰まった表情で尋ねてきている。
 
「何も握られていないって、登校が一緒なのは時間帯が同じなだけだしな」
 
「そうか…しかし衛宮よ、この女の前では油断してはならんぞ、弱みを握られれば何を要求されるかわからん」
 
(
あー、確かにその意見は間違っていないが…)
 
「あら、私はそんな足下をすくうような真似しないわよ、柳洞君」
 
「ふん…言っていろ、卒業するまでに必ず化けの皮を剥いでやるから覚悟しておけ」
 
(
…一成、俺は遠坂と正面から言い合えるお前の方が凄いと思うぞ)
 
顔を合わせる度にいがみ合う二人、これも既に日常の一つとして取り込まれている。
 
 
 
…さて、いつまでもこのままではアレだから軽く仲裁してみるか。
 
「まぁまぁ、二人ともそのくらいにして。一成の言い分は間違ってないけど、遠坂は凄くいい奴だから、心配しなくても平気だぞ」
 
「つっっ!?」
 
あれ?遠坂さんが今度は赤い顔でこちらを睨んでいらっしゃる。

…俺、何かしましたか?
 
「…そ、そうか。衛宮がそう言うなら…コホン。では遠坂、この決着はまた」
 
「え?えぇ、そうね。さぁ予鈴が鳴るわ、急ぎましょう、衛宮君」
 
一成は呆然とした表情をしているし…遠坂は赤い顔のまま俺の腕をとって、校舎に向かって足早に歩き出す。
 
でも…遠坂さん?もう少し手の力を抜いて頂きたいのですが…このままだと肉がえぐり取られそうです…
 
抗議しようとしたら、『あら、どうしたの?』と、素敵な笑顔で制されてしまった…な、なんでさ?
 
「…まったく。士郎は少し歯に衣着せなさい、誤解されるじゃない」
 
まだうっすらと赤い顔で、ジト目で俺を見てくる。
うっ、ちょっと可愛いかも。
 
「あ、あぁごめん。でも…俺は嘘は言ってないぞ」
 
一応謝って、少し抗議してみるが…
 
「だー!!本当に思っていたんだとしても、そういう事を人前で、特に本人がいる所で言わないの!わかった!?」
 
一蹴されてしまった。
 
「は、はいぃ!!」
 
あまりの剣幕に姿勢が正される。
 
「まったく、無意識なんて一番質悪いわよ。これじゃあ先が………桜も苦労……」
 
外方を向いたまま、内面モードに突入した遠坂さん。
 
(
…なんだ、お前だって十分危ないお姉さんじゃないか)
 
「何か言いたい事でもあるのかしら、衛宮君?」
 
「いえ、何も申すことはございません」
 
遠坂は人の考えていることがわかるのか!?
 
「ふん、な…」

 

 

キーンコーンカーンコーン…

 

 
遠坂が何か喋ろうとした瞬間、救いの予鈴が鳴ってくれた。
 
「あ!ヤバい。じゃあ俺は先に行くぞ、また後で!」
 
「こ、こら!逃げるな、待ちなさい!」
 
後ろで何か叫んでいるが…ここは逃げた方がいい。

あのままだと延々といびられるからな。
 
 
 
後ろから殺気を感じながらも、俺は階段を駆け上がり教室を目指す。
…おっ、前を見ると反対側からも一名走ってくる者が…
 
「あっ、こら士郎!もう予鈴は鳴ったわよ!早く教室に入りなさい!」
 
「へっ、藤ねぇだって人のこと言えないだろ!」
 
俺たちは前後のドアから同時に教室に駆け込んだ。
 
 
 
 
 
終業式が終わり、各クラスで帰りのホームルームが行われている。
 
「………先月は何かと物騒だったので、休み中も戸締まりや夜道には気をつけて、休みあけには皆元気に登校してきてね。あと、間桐君のことで何かあったら先生か学校まで連絡してください。はい、じゃあこれでお知らせもおしまい。号令さん、お願いします」
 
「はい、気をつけ…礼」
 
「「「ありがとうございました」」」
 
 
 
挨拶が終わり、部活がある者はそれぞれの活動場所に、無い者は足早に帰ったり教室に残って話をしたりしている。
 
「結局間桐のやつ現れなかったな…宗一郎兄も寺に泊まっていた女性と共に消えてしまったし…。それに学校の集団昏睡、深山でのガス爆発に新都のガス漏れ事故、センタービルの屋上での配電施設の欠陥による大爆発、挙句の果てには寺の周りも山火事で焼け野原になり池まで消えてしまった。まして俺も含めて寺の者が誰も気付かぬうちに…だ。建物は本殿や山門がだいぶ焼けてしまったが、人に被害が無かったのは不幸中の幸いであった。しかし…何とも物騒であったな」
 
一成が複雑な表情で話しかけてくる。
 
俺はその現場に居たし関係者で真実を知っているのだが、一般人の一成達にはそう伝えられている。
 
これは言峰の奴が洗脳や情報操作をしたり、柳洞寺の人達に関しては遠坂とイリヤが隠蔽工作をしたからだ。
 
…葛木先生も、遠坂が寺の裏手の林の中で死体を発見し、処理したと言っていた。
なんでも死体は刃物でめった刺しにされていて、周りの木々や地面にも刃が刺さった跡があったことから、ギルガメッシュに殺されたのだろうと言っていた。
 
「そうだな…ところで一成、寺の人達の調子はどうなんだ?」
 
「皆一応鍛えていたから数日で全快して、それからは建物の修繕を行っているよ」
 
「そうか…」
 
「そういえば…衛宮は間桐の妹と縁があったな、やはり心を痛めておられるか?」
 
「あぁ。でも、あの直後は塞ぎ込んでいたけど、今はだいぶ明るさを取り戻してきているよ」
 
「そうか…なら良いが、彼女に関してはお前が一番支えとなるだろうからしっかりな」
 
「わかってるって」
 
「うむ、では俺も修繕を手伝わなくてはならないので先に失礼する。達者でな」
 
「あぁ、一成も」
 
 
 
 
 
一成が帰った後、俺は開いていた窓から新都の方を見ていた。
 
 
 
…今のままじゃ駄目だ。
 
 
 
一成と話をしていて、改めてあの時と…そして、今の自分の力の無さを思い知った。
 
魔力供給が上手くできないためにセイバーに傷を負わせ、傷を癒してやることすらできず…
 
自分の身が疎かなためにアーチャーを犠牲にしてしまい…
 
力が無いばかりに沢山の人達が危険にさらされていても何もできずに、慎二や葛木先生を死なせてしまい…
 
さらには遠坂やイリヤまで、傷つけられ奪われてしまった。
 
 
 
今のままじゃ駄目なんだ!!
 
 
 
俺は十年前の、あの地獄の中でも何もできなかった。
 
崩れた家の下敷きになり、助けを求める家族。
 
性別が分からないくらい焼け焦げながら、それでも俺に気付いて手を伸ばす人。
 
そして…地獄から生きて出られたのに、さらに十年もの間、新たな地獄の中で死ぬこともできずに生きたまま朽ち果てていた子供達…
 
 
 
…俺だけが親父に助けてもらえたんだ。
 
 
 
あの時、俺は親父に救われた。

親父の笑顔が、地獄の中で摩耗し絶望で空白となった心に新しい夢を与えてくれた。
 
 
 
『僕はね士郎…正義の味方になりたかったんだ。でも、正義の味方は期間限定でね、大人になるとなれなくなってしまうんだよ』
 

 
あの時の親父の顔が、俺を助けられたことで自分も救われたように幸せそうな笑顔だったから憧れた。
死ぬ直前、自分の夢を大事そうに語った親父の顔が綺麗だったから憧れたんだ。
 
 
 
『じゃあ、正義の味方には俺がなってやるよ』
 
 


そう誓ったんだ。それなのに…俺は守られてばかりだった…

握っていた拳にさらに力がこめられる。
 
 
 
『王として国のために闘う…。それが、選定の剣を抜いた時に私が誓ったことですから…』
 
 
 
「……セイバー……」
 
 

…目を瞑れば、金砂のような髪に澄んだ碧色の目を持ち、白銀の鎧に身を包んだ小柄で美しい…そして、王としての誇りと威厳に満ちた少女の姿が見える。
 
一人の女性としての生を捨てて人生を王として国に捧げ、死後すらも国のために捧げようとした少女。
 
 
 
『シロウ…貴方を、愛している』
 
 
 
…そして俺が愛し、俺を愛してくれた少女。
 
彼女は自分の生き方を最後まで貫いた。

…そして、俺のことを認めてくれたのだ。
ならば何を戸惑うことがあるだろうか…
 
 
 
…俺が進む道はただ一つ。
 
彼女が自分の生き方を貫いたように、俺もこの生き方を貫こう。
 
 
 
俺は、俺の前で誰一人不幸にしない。

皆が笑っていられるように、皆が幸せでいられるように、皆を守れる力を手にいれて、俺は正義の味方になる。
 
 
 
…新たに自身に誓いを立てて、俺はいつの間にか誰も居なくなっていた教室をあとにした。
 


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